杉本裕太郎の高校時代や大学時代は?吉田正尚との関係は?

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オリックスバファローズの快進撃には、オリックスファンですら信じらない人が多いでしょう(笑)

2021年は、昨年まで主力じゃなかった選手の活躍が目立ちます。

その中の一人がラオウこと杉本裕太郎 選手。

大きな身体で首脳陣から毎年期待されていたんですが、これまではその期待に応えることができませんでした。

しかし今年は開幕から抜群の成績で突き進んでいます。

そんな杉本裕太郎 選手の高校時代はどうだったのか?また結婚した嫁や子供についても調査してみました!

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杉本裕太郎(オリックス)のプロフィール

名前:杉本裕太郎
背番号:99
ポジション:外野手
生年月日:1991年4月5日生まれ
出身地:徳島県阿南市
身長:190cm
体重:104kg
投/打:右投げ/右打ち
経歴
・阿南市立阿南中学校
・徳島県立徳島商業高等学校
・青山学院大学
・JR西日本
杉本裕太郎選手は2015年のドラフト会議でオリックス・バファローズがドラフト10位で指名。

契約金2,000万円、年俸600万円で合意し入団したました。

ちなみにこの年のドラフトは、支配下登録で指名されたのが88選手で、杉本裕太郎選手は下から2番目の87番目で指名されました。

杉本選手は、当たれば果てしなく飛ぶけど、まったく当たらないことも多い!

これが当時に杉本選手の評価だったと思います。

なので時間はかかりましたが今年の大爆発はドラフト10位でも指名したかいがあったということでしょう。

杉本裕太郎選手の高校時代はどんな?

杉本裕太郎選手の高校時代は今をときめくメジャーリーガー、ロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平投手と同じ二刀流でした。

もともと野球は小学校からはじめて中学では軟式ではあったが徳島県大会で優勝、また四国大会ではベスト4に進出するなど野球センスは、当時から相当なものだったんですよね。

そのため、高校進学は甲子園常連校の徳島商業高校に入学しました。

高校時代は188cm、77kgと今より30kg近く痩せていたのでだいぶスリムな体型だったんですよね。

杉本選手が進学した徳島商業高校の現在のチーム状況は2011年に甲子園出場してから10年間、甲子園から遠ざかっていています。

今はその座を完全に鳴門高校に奪われてしまった格好ですね。

しかし、杉本裕太郎選手の高校時代は、まだ徳島代表と言えば徳島商業という時代でした。

杉本選手名門徳島商業でありながら1年の夏には早くも投手デビューとして徳島大会で登板しました。

1年時に徳島商業高校は甲子園大会出場を果たし杉本選手は、控え投手としてベンチ入りメンバーに選ばれました。

ただ、残念なことにベンチ入りは出来たけど試合でリリーフでも登板する機会が無かったんですよね。

3年生であれば高校時代の思い出として監督が出場される場合もありますが、まだ1年生、もう一度甲子園に戻って来い!という期待を込めて登板機会を与えなかったのかも知れません。

ただ、杉本裕太郎選手は2年の夏の大会は4番ライト兼抑え投手として出場し県大会準優勝のため甲子園出場ならず。

3年生が引退した2年秋には徳島商高のエースになりましたが県大会で3位、四国大会では今治西高校に一回戦で敗退するという結果でした。

3年春の大会もエースで4番という二刀流で出場、しかしここでも県大会は準優勝、四国大会では強豪の明徳義塾に1回戦で敗退しました。

そしていよいよ高校生活最後の夏の大会はエースで3番打者という二刀流で挑んだわけですが結果は県大会の3回戦で鳴門第一高校に敗れてしまいました。

結局、杉本選手の高校時代は、甲子園出場は1年生のときの夏の甲子園大会だけでした。

しかもベンチ入をしたにも関わらず登板機会が無かったということでかなり残念な結果に終わってしまいました。

杉本裕太郎(オリックス)の大学時代は?

杉本裕太郎選手は、高校時代は二刀流として活躍したんですが青山学院大学に入ってからはスパッと投手は辞め野手として出発します。

正確に言う青山学院大学の監督は投手としてやらせたかったようですが杉本裕太郎選手本人は、投手としての限界を感じていて大学では野手でやりというということを直訴したようです。

まあ、これも高校時代、エースになったときに甲子園に一度でも出場していれば気持ちも違っていたかも知れないですが地方予選で負けてるようで大学でも無理だと思ったんでしょうね。

大谷翔平選手のように周りが反対しても自分自身を信じて二刀流をやる!という強い意思が無ければ二刀流は務まらなでしょう。

でも、杉本選手が野手一本に絞ったことは正解でした。

190cmという恵まれた体格から右の長距離砲として期待され入学早々の1年の春からリーグ戦に出場します。

ただ高校時代と違って大学では木製バット、しっかりとして打ち方でないとすぐにバットが折れてしまいます。

なので大学時代の最初はかなりバッティングに苦労ていました。

杉本裕太郎選手が戦う東都大学野球リーグは最もレベルが高いリーグです。

なかなか大学で活躍できなかった杉本選手だったんですが打撃が開花したのは2年の秋です、この年は実は春のオープン戦から期待され4番を打っていました。

しかし数字的には打率2割前半と褒められたものでは無かったが、これまでどうしても打てなかった亜細亜大の東浜巨投手(元ソフトバンク)から快音を響かせた。

さらに10月の日本大学戦では東都大学リーグでは19年ぶりで6人目のサイクル安打まで達成してしまった。

このシーズンは打率.322で自己ベスト、そしてベストナインに選ばれました。

杉本裕太郎選手と吉田正尚選手

青山学院大学時代は実は2学年下にオリックスの主力、吉田正尚選手がいます。

大学時代は二人でのアベックホームランが2、3回ありました。

後ろに杉本選手がいることで吉田選手にはストライクゾーンで勝負しなければいけない。

まさにエンゼルスのトラウト選手が後ろにいるときの大谷選手のようなもの。

そうやって大学時代はお互いに切磋琢磨して戦ってきたんですね。

そして杉本選手は大学卒業後、社会人に進んでからプロ入り、吉田正尚選手は大学卒業後即プロ入り。

実は二人で同じ大学の先輩後輩でありながらプロ入りは同期なんですね。

それでいて後輩の吉田選手はドラフト1位指名、先輩の杉本選手はその年のドラフト全指名選手で下から2番目のドラフト10位です。

これには最初は二人ともやり難かったでしょうね。

ただ、やはり実力差というのはあってプロ野球の世界では吉田正尚1年目から大活躍。

杉本裕太郎選手は毎年、数試合1軍に上がってまたファームに落ちるというのが現状でした。

ただ、オリックスが優勝争いをしている今年(2021年)の杉本選手は全くの別人になっていますね。

7月5日時点で打率は吉田選手1位、杉本選手2位、本塁打が杉本選手1位、吉田選手5位、打点が杉本選手2位、吉田選手3位とやっと後輩の吉田選手に肩を並べた感じです。

杉本裕太郎選手は、30歳にして遅咲きのラオウですがその破壊力はまさに北斗の拳に出ていたラオウそのものです。

まとめ

今回の記事はオリックスのラオウこと杉本裕太郎選手の高校時代や大学時代について、また吉田正尚選手との関係についても紹介しました。

杉本裕太郎選手の高校時代はエンゼルスの大谷翔平選手と同じ二刀流でした。

しかしエースになってからは甲子園出場は果たせず、大学では野手に専任。

そこで2学年下に今やオリックスの主砲、吉田正尚選手が進学してきます。

大学時代は二人でクリーンアップを組みアベックホームランをありました。

オリックスバファローズに入団した杉本選手はなかなか1軍で活躍することが出来なかったですが30歳になった今年、とうとう覚醒しましたね。

2021年は規定打席どころか三冠王まで取れそうな勢いです。

平成の三冠王はソフトバンクの松中信彦選手ただ一人だけだったんですが、令和になってまだ3年、いきなり杉本裕太郎選手が獲得するかも知れません。

その時はもちろんオリックスバファローズは優勝しているでしょう。

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